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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)689号 判決

原告 大洋酒類株式会社

被告 国

訴訟代理人 山田二郎 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金一、〇六八万二、〇二〇円及び内金二〇三万二、九七〇円に対する昭和三〇年二月一九日以降、内金三八七万九、八九〇円に対する同年五月二一日以降、内金四七六万九、一六〇円に対する同年五月二二日以降各完済に至るまで金一〇〇円につき一日金三銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因及び被告の主張に対する反論として、次のとおり述べた。

一、原告は、所轄税務署長である礪波税務署長から"においてその製造及び販売をしているものであるが、同税務署長から昭和三〇年二月七日付をもつて、別紙(月分、徴収決定金額欄)のとおり昭和二七年四月以降昭和二九年一月までの期間の各月分酒税合計金一一三二万五四〇円の納税告知を受けたが、昭和二六、二七年度法人税の過納金として還付されることとなつていた既納法人税及び還付加算金合計七九万四、三二〇円のうち、昭和二七年一月ないし三月分の酒税に充当された金一五万五、八〇〇円を控除した金六三万八、五二〇円を同表記載のとおり昭和二七年一〇月ないし一二月分、昭和二八年一月分の一部、同年二月分に充当され、残額金一〇六八万二、〇二〇円については、同表記載の日にそれぞれ各記載の金額を納付した。

二、原告は、前記納税告知を受けた直前、昭和三〇年二月所轄金沢国税局長から、同月一日付の通知書をもつて、原告に昭和二七年四月以降昭和二九年一月までの期間、酒類合計五九二石一斗八升三合(アルコール分二〇度のもの八斗、同二五度のもの計五八五石八斗八升三合、同三五度のもの二斗、同四〇度のもの五石三斗)を移出し、酒税合計一一三二万五四〇円をさ偽逋脱した犯則事実があるとして、罰金相当額金二三五九万八〇〇円を二〇日以内に礪波税署へ納付すべき旨の通告処分を受けていたところ、たまたま礪波税務署長からの納税告知で告知された酒税額がその合計額において、前記通告処分で逋脱したといわれた酒税合計額と同一であつたところから、法律に暗かつた原告会社役員らは、右の納税告知が金沢国税局長の通告処分に基づいてされたもので、通告処分に認定された逋脱額については、礪波税務署長の納税告知によつて、一応にもせよ、具体的に納税義務が発生したものと誤解した結果前記のとおりの金額を納付したものである。

三、しかしながら、仮りに原告に金沢国税局長の通告処分どおりの犯則事実があり、礪波税務署長の納税告知による酒税額が右の犯則事実に基づく逋脱酒税額に合致するものであつたとしても、右の納税告知によつて、原告に具体的な納税義務は発生するものではない。すなわち、具体的な納税義務が発生したというためには、納税告知に先行して、昭和二八年二月以前にあつては旧酒税法(昭和一五年法律第三五号)第三五条第三項、同法施行規則第二二条第三項による移出石数の政府決定が、昭和二八年三月以降においては酒税法(昭和三七年法律第四七号による改正前のもの、以下同じ)第二五条第一項による課税標準石数の決定がなくてはならないし、また、右の各決定の前には当然そのための調査があり、決定については原告に対する通知もなされなくてはならないのに(酒税法第二五条第一項は通知を定めているが、この規定のない旧酒税法においても理論上当然である。)、そのいずでもないのであるから、礪波税務署長の原告に対する納税告知は、法律上の要件を欠き無効であつて、原告に告知にかかる納税義務は発生しなかつたものである。(さ偽逋脱酒税については、旧酒税法第六一条第三項においても、酒税法第五五条第三項においても、「直ちに」徴収する旨規定しているが、これは具体的な納税義務が「直ちに」発生することを意味するものではない。具体的納税義務は、前記のように所轄税務署長の移出石数または、課税標準石数の認定と決定及び法定の通知により、その認定内容について発生するのであつて、国税犯則取締法による犯則事実の認定、通告処分は右の移出石数または課税標準石数の調査決定とは本来無関係である。)

四、以上のとおり、礪波税務署長の原告に対する納税告知は、憲法第三〇条、旧酒税法に違反し、法の定める手続を欠いた無効の処分である。

すなわち、原告には、別表掲記の期間中、納税告知にかかるような酒類を移出した事実は全くなかつた。従つて、金沢国税局長の通告処分の理由となつた犯則事実もなかつたのである。たまたま、通告処分において指摘する期間中、当時の原告会社の支配人池守儀信及び同工場長森正一の両名が個人で、同代表取締役谷崎吉郎の個人営業の味噌、漬物等の販売業に関して、その取引先から物品代金に代えて谷崎宛送つてきた"の代表取締役谷崎吉太郎に対する通告処分があり、それぞれ、これを履行しなかつたので富山地方検察庁に告発され、昭和三三年五月三一日富山地方裁判所に起訴され有罪の判決を受け、上訴し、最終的には最高裁判所において昭和三七年一二月二五日原告会社に対し免訴、谷崎に対し上告棄却の言渡しがあつて、谷崎の有罪だけが確定した。谷崎には、右事件の審理中事実の真相がわかつていたが、池守は谷崎の妹の夫であつて、妹は十数年来不治の病で死期を待つばかりの状態であつたし、森は谷崎の若年の頃から数十年の長期間同人を扶けて、原告会社設立後は、会社の業務にも一途に精励してきたという事情もあつて、法廷で真実を述べることができず、起訴事実を認めてきたが、真実は、酒税逋脱の事実はなく、犯則通告処分で認定された酒税額につき納税義務は、本来、なかつたものである。

五、以上のとおり、原告は納税義務がないのに、別表のとおり酒税を誤納したのであるから、旧国税徴収法(明治三〇年法律第二一号)第三一条の六第一項に基づき、各納付の翌日から百円につき一日金三銭の割合の還付加算金を付加した納付額の還付を請求の趣旨(原告の求める裁判)記載のとおり求めるため、本訴に及んだものである。

六、被告は、旧酒税法においては、移出石数の政府決定について通知の規定がなかつた旨主張するけれども、この決定を単に内部的なものとみることは全く無意味であつて、酒税法の課税標準石数の決定と同様、酒類製造者にこれが通知されねばならないことは、決定の性質から当然であり、酒税法第二五条第一項はこのことを明確にしたに過ぎないものである。すなわち、旧酒税法、酒税法はともに、納税義務の具体的発生の要件として、納税義務者の申告と税務署長による決定の二つの手続を採用しているのであるから(この点において、所得税、法人税等の直接税と異なるものではない。)、決定の通知が納税義務発生効力要件であることは当然である。納税の告知は、単に租税徴収手続上の処分であつて、酒税法上の賦課手続としての決定とは、本質を異にするものであるから、納税の告知があつたとしても、決定とその通知があつたことになるものではない。ことに本件においては、国税犯則取締法による犯則調査は行なわれたが、酒税法第二五条一項の調査は全く行なわれず、これによる決定も、通知もなかつたものであるから、決定と通知のあつたことを前提とする別表記載の酒税義務は、原告に発生しないのであり、これが発生したことを前提とする原告の同表どおりの酒税の納付は誤納といわねばならない。仮りに、礪波税務署長が右の決定をしたとしても、その通知は、原告に対してされなかつたのであるから、この徴税手続には重大、かつ、明白な瑕疵があり無効である。

被告はいくつかの間接事実の存在を前提に、本件での決定の通知の手続がなかつたとすることは、十分な反証のない限り相当でないというが、手続の不存在というような消極事実について、手続の相手方に立証の資料があるはずはなく、この点の立証責任は、原告にはないというべきである。

以上のとおり陳述し、乙各号証の成立は、いずれも認めると述べた。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因第一項の事実は認める。第二項以下は、いずれも争う。と述べ、被告の主張として、後記「被告の主張」のとおり陳述し、証拠として、乙第一号証の一ないし七を提出した。

理由

一、原告は、昭和二七年四月分以降、昭和二九年一月分までの酒税につき、その納付義務がなかつたことの根拠として、(イ)課税手続が酒税法第二五条第一項(旧法第三四条第三項、旧法施行規則第二二条第三項)の決定、その前提たる調査及び決定の通知を欠く点で手続上の瑕疵があること、(ロ)右酒税賦課の基礎となつた酒類移出の事実がなかつた点で実体上の瑕疵があること、以上二点を主張する。

しかし、(1) 右年度分の酒税につき国税犯則法による調査が行なわれ、通告処分が行なわれことは当事者間に争いがないところ、通告処分のための犯則事実の調査は課税標準の石数調査を兼ね得るものであつて、たとえ、通告処分のための調査が課税標準決定の所轄庁以外の税務職員によつて行なわれた場合でも、課税標準決定の所轄庁において右調査資料を利用することはなんらさまたげられるものでなく、成立に争いのない乙第一号証の三によれば犯則事件の調査に当つた金沢国税局長から礪波税務署長に対し犯則事件の調査資料が送付されていることは明らかであること、(2) 右年度分については納税告知が行なわれたことは当事者間に争いがないところ、納税告知は課税告知は課税標準の決定を前提とするものであつて、課税標準の決定なくして納税告知が行なわれることは通常あり得ないこと、以上(1) (2) の点から考えれば、右年度分については、所要の調査を経て課税標準が決定され、これに基づき納税告知が行なわれたと認めるのが相当である。問題は、原告に対し、課税標準決定の通知が行なわれたかどうかの点であるが、(1) 一般に課税の賦課、徴収の手続は、一定の内規、慣行等に従つて行なわれるものであるところ、成立に争いのない乙第一号証の二よれば、当時施行されていた昭和二九年九月二一日国税庁長官特第一八号「関税監視事務規程」第一〇号には「犯則により徴収すべき税金を納税告知する場合には、納税告知書に調査決定通知書(第四号様式)を添付するもとする…」と規定し、決定通知の要式を明定して通知手続の履行方を指定していることがうかがわれること、(2) 成立に争いのない乙第一号証の三によれば、原告に対する酒税の課税については金沢国税局長は、とくに、昭和三〇年一月三一日付「調察七-五六号、酒税の調査決定関係資料の送付について」なる通達を礪波税務署長あてに発して課税決定及び納付状況の報告方を指示していることなどから考えて、同税務署長においては、課税手続をとくに慎重に行なつていたものと推認されること、以上(1) (2) の点から考えれば、他に反証のない本件においては、課税標準決定の通知が行なわれたものと推認するのが相当である。そればかりでなく、仮りに、右決定の通知を欠いたとしても、そのため課税処分が当然無効となるものでないことは被告の主張するとおりである。(別紙添付被告の主張一の(2) (3) 参照。)従つて、手続上の瑕疵を理由とし、納税告知を無効として既納税金の還付を求める原告の請求は理由がないことは明らかである。

次に、原告は、実体上の瑕疵に基づき課税処分が当然無効であると主張するが、行政処分が無効であることを主張するためには、単に抽象的に処分に重大明白な瑕疵があると主張し、または処分の違法原因が当然無効原因を構成すると主張するだけでは足りず、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大明白な誤認があることを具体的事実に基づいて主張することを要するものであるところ(昭和三二年(オ)第二五二号事件第三小法廷判決、集第一三巻第一一号一四二六頁)実体上の瑕疵に関する原告の主張は、要するに、礪波税務署長は移出石数についての認定を誤つたから課税処分が当然無効であるというに帰し、瑕疵の重大明白性を具体的事実に基づいて主張するものとは認められず、要するに、取消原因に過ぎないものを無効原因と主張するに帰するものであるから、実体上の瑕疵を理由として課税処分無効とする原告の主張は、主張自体理由のないものである。なお、原告の違憲の主張は、納税告知に手続上の瑕疵があることを前提とするものと解されるところ、右前提の認められないことは前判示のとおりであるから、違憲の主張も採用のかぎりでない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

別表〈省略〉

被告の主張

原告は既納の酒税一〇、六八万二、〇二〇円について、それが当該酒税の納税義務なくして納付されたものであるとして、その還付を請求している。そして、その納税義務がなかつたことの根拠として、(イ)本件課税手続において酒税法二五条一項(旧法三五条三項、旧酒税法施行規則二二条三項)の決定、その前提たる調査並びにその通知がなかつたこと(手続上の瑕疵)、(ロ)、右酒税賦課の基礎となつた酒類移出の事実がなかつたこと(実体上の瑕疵)の二点を主張している。しかし、この酒税については、つぎに述べるとおり適法かつ有効に租税債務が成立し、この租税債務の履行として納税が行なわれたものであるから、被告においてこれを還付すべき筋合のものでないのみならず、仮りにその課税処分に原告主張のような瑕疵があつたとしても、そのために課税処分が無効となるものではなく、ただその取消の原因となるに過ぎないものであるところ、本件においては原告からその取消を求める手続がなされたことはなく既にその処分は確定しているのであるから、その処分の無効を前提として既納税金の還付を求めることは失当である。

一、手続上の瑕疵について

(1) 原告は本件課税において酒税法二五条一項(旧法三五条三項旧酒税法施行規則二二条三項、以下活孤内を省略する)による調査、決定およびその通知(旧法においてはこの通知の規定はなかつた。)の手続がなされなかつたと主張するが、そのようなことはない。本件納税告知がなされるについては、酒税の課税標準についての調査、決定およびその通知が適正に行われているのである。この決定並びにその通知に関する書類は既に税務署の書類保存期間(五年)を経過し焼却ずみとなつているため、被告においてこれを直接の証拠として立証することができないのは遺憾であるが、本件に関して国税反則取締法による調査が行われたこと、その調査が課税標準の石数調査を兼ね得るものであること、および本件納税告知が行われたことは、原告自らこれを主張し承認しておられるところであつて、この三点が認められるからには課税標準決定の手続が適正に行われたことは当然の事理として承認さるべきである。けだし、国税反則事件としての調査が行われ、相当数量の無申告移出が行われた事実が明らかとなり、これによつて逋脱された税金を徴収するために納税告知書が発行された場合において、その前提としての課税標準決定という税務署内の内部手続が履践されなかつたということは到底想像され得べくもないことだからである。

そこで残る問題は、原告に対する決定の通知が適法になされたか否かということであるが、まず一般的について一定の内規と慣行に従つて課税徴収税事務を運営している税務署において決定処分とこれに基づく納税告知が行われておりながら、その決定の通知の手続がなされなかつたと推定することは、十分の反証のない限り相当でないと考えられるのみならず、特に本件においては、つぎに述べる経緯により課税徴税手続が特に慎重に行われたのであつて、この点から見てもこの通知が懈怠されたとは到底考えられないのである。すなわち

(イ) 当時施行の昭和二九年九月二一日国税庁長官訓令「間税監視事務規定」一〇条は「犯則により徴収すべき税金を納税告知する場合には、納税告知書に調査決定通知書(第四号様式)を添付するものとする。………」と規定し決定通知の要式を明定して、その通知手続を履行すべき旨を指示していた。(乙一号証の二)

(ロ) 本件については金沢国税局長が特に昭和三〇年一月三一日付「調察七~五六号、酒税の調査決定関係資料の送付について」なる通達を蠣波税務署長宛に出して、課税および納付状況の報告方を指示したから、同署長はこれに応じ手続を慎重に行ないこれを逐一報告していた。(乙一号証の三)

(ハ) 本件課税額は千万円を超える高額のもので蠣波税務署取扱事件としては直税間税を通じて著しく規模の大きなものであつたし、反則事件としては金沢国税局管内の最高のものであつたから、係員としては特に慎重にその手続を進めていた。

以上(イ)、(ロ)、(ハ)のような事情の下に行なわれた本件課税手続において、決定通知が履践されなかつたとは到底考えられないのである。前記の通り直接証拠を以てこれを立証することはできないのは遺憾であるが、この履践の事実は右の徴憑事実によつて十分に認定されると考える。

(2)  仮りに決定通知がなされなかつたとしてもそのために課税処分が効力を生じなかつたと論ずることはできない。通知に関する規定は前記のとおり昭和二八年二月二八日以前に施行されていた旧酒税法には設けられていなかつたのであるから、同日以前に移出された酒類の課税については、この通知の欠缺が処分の違法を来すものでないことは当然であるが(現行酒税法付則2参照)同年三月一日以後の新法下においてもこのために賦課処分が無効となるものではないと考える。すなわち申告納税制度を採用している所得税法人税等の直接税においては、税法は第一次的には納税者の自発的申告による納税を規定し、納税者から申告がなされない場合又はその申告が誤つている場合にのみ税務官庁が賦課処分をなすべき旨を定めているが、この賦課処分は決定又は更生を納税者に通知することによつてなされる建前を採用している。従つて直接税においては賦課処分はその通知が納税者に到達したときに行政処分としてその効力を生ずることとなり、これに基いて行われる納税告知は徴収の手続としての意義を有するにとどまり、何等課税処分としての性質を有するものではない。しかし、申告納税制度を採用していない酒税物品税等の間接税においては、これに反し、税法は、賦課処分の通知が納税告知によつて行われるとする建前を採用している。間接税についても、法は、納税者の申告を規定しているが、この場合の申告は、直接税の場合のように租税債務を具体的に確定するいわゆる自己賦課としての性質と効力を有するものでなく単に税務署長が行なう賦課処分のための資料を提供する意味を有するものであるに過ぎない。税務署長はこの申告を検討して妥当と認めれば、そのとおりの賦課処分をしその徴収を行なうのであるが、その手続としては直ちに納税告知を発するのであつて、この場合の納税告知は、単に徴収手続上の処分としての意義を有するにとどまるものでなく賦課処分の通知としての性質を有するものなのである。間接税の納税者の申告が税務署長の調査と異なる場合には、これとやや趣を異にし課税標準数量の決定の通知なるものが行われることがある(例えば酒税法二五条一項)が、賦課処分の手続の構造が前者の申告通りの決定の場合と異なるものではないのであつて、この場合も賦課処分そのものの通知は納税告知を以て行われるものであり、決定の通知なるものは、ただ決定のなされた数字的根拠を納税者に知らせる趣旨のものであるに過ぎないのである。既に述べたとおり、この通知の規定は旧法時代にはなく、新法で初めて設けられたものであるが、新法がこの規定を設けた趣旨は課税処分の通知の手続を変更するにあつたのではなく、納税告知を以て課税処分の通知をするについてその数字的内容を納税者に知らせるにあつたのである。

本件の場合納税告知がなされていることは、原告自ら認めているところであるから、課税処分の通知がなかつたとされるいわれはないわけであり、もし原告主張のとおり決定通知がなされていなかつたとすれば、課税手続に瑕疵があつたということにはなるであろうが、そのために課税処分が当然に無効であるとの結論が導かれるものではないのである。

(3)  仮りに百歩を譲つて、酒税法二五条一項の通知が課税処分の通知としての効力を有するものであるとしても、この通知が欠けた場合に直ちに課税処分がその効力を生じないと考えることは正当でない。この通知がなされていない場合でも、その後納税告知が適法になされているならば、課税処分はこれによつて納税者に通知され、その効力を生ずるに至つたと解すべきである。

課税処分が納税者に通知されることによつてその効力を生ずるものであることは、いうまでもないところであるが、この通知の文書が一定の様式のものでなければならないということはない。いかなる課税客体に対していかなる課税が行われたかということが納税者に判明する程度の内容を記載した文書が納税者に送達されるときは、これを課税処分の通知と認めて何の妨げもなく、またその文書の内容も必らずしも記載それ自体によつて課税の内容を明白ならしめるものであることを要するものではなく、具体的事件の具体的事情によつて納税者にその課税の内容が判明する程度のものであれば足りると解すべきである。

本件において納税告知書が適法に送達されていることは原告の争わないところであり、この送達によつて原告は本件課税の内容を承知したものであるから、本件において課税処分がその効力を発するに至らなかつたと論断することは正当でない。たとえ同法二五条一項の通知がなされなかつたとしても、その瑕疵は本件課税処分を無効ならしめるものではないのである。

以上のとおりであるから、手続上の瑕疵を理由として本件租税債務の成立確定を否認し、既納税金の還付を請求する原告の請求は失当である。

二、実体上の瑕疵について。

原告は、本件酒税賦課の基礎となつた酒類の移出の事実がなく、従つてこの賦課は課税客体なくして行われた無効の処分であると主張する。しかし蠣波税務署長は、つぎに述べるような経緯によつて原告の酒類移出の事実を認定し、課税を行つたものであつて、いささかも違法な点はなく、いわんや該処分を無効ならしめるような重大かつ明白な誤謬をおかしていることはないのである。

(1)  昭和二九年二月頃金沢国税局調査察部においては、原告が相当量の酒類を密かに移出し、酒類を逋脱して不正の利益を収めている事実を探知し、内偵を進めるとともに、同年二月二日頃から四月六日頃までの間に三回に亘つて原告の事務所、原告社長谷崎吉太郎宅、経理責任老山田茂一郎宅、専務取締役池守儀信宅その他数ケ所を臨検捜索し、社長その他関係者等について質間調査を行つた。

右調査の当初の段階においては経理関係の裏帳簿を発見することができなかつたので、谷崎社長を追究したところ、同社長は、右臨検捜索に先立つて、国税当局が原告の経理関係等について取引銀行方面の調査を行つている事実を知り、第一回の捜索の前日に関係裏帳簿を焼却して了つたものであると申立てた。(乙一号証の四)

しかし、次第に調査を進めるにつれて、裏口売掛帳(昭和二八年一月から同年一二月までのもので、その間の不正移出量(一一七石と算出された)が発見され、更に売上集金伝票(昭和二七年三月から同年九月までのもので、このうちには正規移出分と不正移出分がそれぞれ区分して整理されていたが、そのうち不正移出分は約四一〇石と算出された)が発見されるに至つた。

(2)  みぎのような調査の進展に応じて、原告の側でも不正移出の事実を否認し続けることは不可能かつ不利益と考えたらしく、昭和二八年四月七日原告の専務取締役池守儀信は金沢国税局調査査察部北川調査官のもとに出頭し不正移出の事実を認めその概要を説明した上、処分を寛大にされたく、特に酒類製造免許の取消処分を受けることのないよう配慮されたいと懇請した。(乙第一号証の五)

北川調査官は引続き同月九月原告の技師亀井利一郎および杜氏森正一について質問調査を行なつたが、同人等もいずれも池守専務と同様に不正移出の事実を認め、いわゆる濃厚仕込をして検査直前に一部を抜取り水割をする方法によつて脱税しようちゆうを製造したこと、その不正移出量は昭和二七年一月から昭和二八年一二月までの間に二五度しようちゆう換算で約六〇〇石乃至七〇〇石に上ること等を自供した。(乙一号証の六、七)

(3)  以上によつて原告の不正移出の概要が明らかとなつたので、金沢国税局調査査察部は北陸三県の取引先(小売店)三八六店につき原告との間の取引の詳細を調査し、これを原告の正規帳簿と照合し、その結果不正移出量が五九二石一八三合その税額が一一、三二万五四〇円であることが判明するに至つた。そこで同局はこれを国税反則取締法に基き通告処分(罰金相当額二三、五九万八、八〇〇円)に付すると共に、みぎ事実を蠣波税務署長に通知し逋脱税額につき課税処分を行うべき旨を指示した。

蠣波税務署長は、みぎによつて原告のみぎ酒税の課税標準および税額を調査決定し、昭和三〇年二月七日酒税法二五条一項の通知を添付して各納税告知書を原告に送達したのである。

以上のとおりの経緯で本件課税が行われたものであつて、蠣波税務署長が、原告主張のように、課税物件又は課税標準を誤認して課税を行つたものでないことは極めて明白である。のみならず、仮りに同署長にその誤認の事実があつたとしても、それは課税処分についての明白かつ重大な瑕疵とはいいがたく、このために該処分か無効と判断されるいわば全くないのであつて、しかもこの課税処分が取消を求める請求の申立なくして確定するに至つていることは前記のとおりであるから、該処分の無効を前提とする本訴請求は失当である。

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